石和ジャズ物語

大盛況だった「第1回ザ・いさわJAZZ」石和町スコレーセンターのステージ

今年で3回目を迎える「ザ・いさわJAZZ」が石和温泉の旅館、ホテルなど約30ヶ所を会場に6月25日から27日までの3日間にわたって行われます。今や石和温泉の恒例行事として定着しつつあるジャズイベントですが、その始まりは、石和のとある老舗旅館のロビーで催されていた小規模なイベントからスタートしたものでした。毎年、継続して開催してきたその取り組みによって下地が築き上げられ、年々ファンを獲得。さらに周囲を巻き込んで地域レベルにまで拡大し、有名ジャズアーティストを招いて行われる町を上げての一大イベントにまで進化を遂げてきたのです。

でも、そもそもなぜ石和でジャズイベントが始まったのか。話は20年ほど前に遡ります。ちょうどその頃1990年代初頭といえば、バブル経済が崩壊し、景気は後退。石和温泉の宿泊客数を見ても、ピークの1989年に約177万人だったのが2004年に101万人にまで減少してゆく、その下り坂の途上にありました。旅行のトレンドも、かつて主流だった団体客は減少し、少人数のグループや個人客が目立ち始めていました。そんな折、客足が落ち込んでいる石和温泉に危機感を抱いた旅館糸柳の社長 内藤修也さんが、変化する旅行スタイルに向けて今この時代に合った何か新しいサービスや魅力づくりは出来ないかと模索。そして見出した答えが、ジャズイベントの開催だったのです。

「ザ・いさわJAZZ」開催への足がかりとなった旅館糸柳のジャズライブ。
糸柳では独自のジャズイベントを現在も年数回、開催しています

内藤さんは学生時代よりジャズギターを演奏し、プロのプレイヤーを志したこともあるジャズフリーク。ジャズの魅力を熟知していましたから、ファンを拡げてゆく一つのきっかけ材料として、ジャズほど素晴らしい素材は他に思い当たりませんでした。ジャズには、トリオ、カルテット、ビッグバンドと様々な編成で楽しめる自由さや手軽さがあり、その時々の会場の雰囲気やスペースに合わせてあらゆるバリエーションで展開できる可能性もありました。そして何より音楽そのものに多くの人の心を癒す力があると確信していたからです。

旅館糸柳 社長 内藤修也さん

イベント発起人の一人 中川武さん

毎年開催する糸柳でのジャズイベントを通じ、内藤さんに多くのジャズメンとの繋がりが生まれました。その中で内藤さんはその後の取り組みに大きく関わる重要なキーパーソンと出会います。石和町在住で国際的に活躍している実力派ジャズクラリネット奏者の中川武さんです。中川さんは、「ジャズの神様」、あるいは「ミュージシャンズミュージシャン」とも呼ばれ、他のミュージシャンから尊敬され一目置かれている日本ジャズ界の草分け的存在。後に「ザ・いさわJAZZ」開催に向けて大きな原動力となる中川さんとの出会いは内藤さんにとって大きな意味のあるものでした。

糸柳で行われた連続8日間のライブには毎年約800人の観客が訪れるほど大きな集客をもたらしました。しかし、世の中は相変わらずの不況下で、周囲を取り巻く環境も閉塞感が漂っていました。温泉街に100軒以上あった旅館、ホテルも80軒ほどに減少。石和温泉と共存してきた飲食街では廃業を余儀なくされたお店も少なくありませんでした。団体客がめっきり減り、賑わいを失った旅館街。シャッターを閉めたままの空き店舗が目立つ飲食街。そんな町並みに活気を取り戻したいと石和温泉の前途を危惧していた内藤さんに、この時また新たな考えが浮かびます。毎年、成果を上げていた糸柳のジャズライブの拡大版を温泉街全体のイベントとして開催し、石和温泉活性化の起爆剤として役立てられないかと…。

ステージリハーサルを見守る実行委員会の皆さん

そうして企画されたのが「ザ・いさわJAZZ」でした。内藤さん自らリーダーとなって「ザ・いさわJAZZ実行委員会」を発足。ライブを鑑賞しながら町の散策も楽しめるようにと約20ヶ所のステージを設営することにし、各旅館、ホテルなどへイベントへの賛同を募って回りました。大きなスポンサーをつけずに協賛金とパスポートチケットの収入だけで運営するため、資金繰りの面では大変苦労をされたそうです。一方、ミュージシャンの出演交渉は、中川さんに協力を依頼。ジャズ界での人脈も豊かな中川さんの尽力によって、日本を代表するジャズ・ビッグバンドとして知られる原信夫とシャープス&フラッツや世界的ジャズクラリネット奏者の北村英治氏など超ビッグなミュージシャンが石和にやって来ることになりました。

日本ジャズ界の巨匠2人による珠玉のセッション。原信夫氏(左)と北村英治氏

そして記念すべき「第1回ザ・いさわJAZZ」が2008年10月26日に開催されました。25日に行われた前夜祭と合わせ全会場で約3,000人が入場。一流ミュージシャンらのその質の高い演奏で各会場は盛り上がり、盛況のうちに幕を閉じました。当時を紹介する新聞記事の中で内藤さんは「将来はジャズウィークのような長期的なイベントを目指し、会場も街角を含めた30ヶ所程度に増やしていきたい」と語っています。そして第3回目の今年。会場の数もおよそ30ヶ所に増え、地元のワイナリーや飲食店組合が料理やワインを提供するなど全面的にバックアップしてイベントを盛り上げます。

石和温泉郷にジャズの音が溢れた「第1回ザ・いさわJAZZ」の様子

このようにして年々進化を遂げてきた「ザ・いさわJAZZ」。内藤さんは言います。「石和にジャズを定着させ、全国に知られるジャズの町として、日本の石和温泉、世界の石和温泉になればいい」と。さらに「ザ・いさわJAZZがスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルのように大きく育ってほしい」と期待をふくらませます。ちなみに「モントルー・ジャズ・フェスティバル」は、毎年、何十万人もの観客が訪れる世界で最も有名なジャズイベント。それもまた、モントルーという人口2万人の小さな町の町おこしに、好きだったジャズのイベントを企画した一人のジャズフリークの思いつきと行動からスタートしたものだったとか…。

内藤さんの石和温泉に懸ける熱い想いは、ジャズの神様 中川さん、そして各旅館の経営者らへと伝わり、さらに地域の人たちへと広がって石和にジャズという「音泉」を湧き起こしました。かつて石和に高温の温泉が湧き、町全体が活気に溢れたように…。6月25日からの3日間、石和の町は「音泉郷」と化し、駅に、ホテルに、ワイナリーにホットなジャズが流れ、町中が熱く盛り上がります。音楽は誰でも気軽に聴いて楽しめるのが大きな魅力。そんな新たな魅力が加わった石和温泉を是非とも楽しんでいただきたいと思います。(取材:しんたま)

第3回「ザ・いさわJAZZ」 2010のレポートはこちら

写真提供:旅館糸柳

 

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